遺伝子プールと生物の多様性・進化

「安らぎの生命科学」(柳澤桂子著、ハヤカワ文庫)より

  • 地球上の全人類は、約15万年前に一人の母親から生まれたとする説が有力である。また、Y染色体の分析から、全人類が一人の父親の子供である可能性が示されている。アダムとイブの子孫が増えて地球上に広がったのだというのである。
  • 私たちのからだは、約60兆個の細胞からできているが、その細胞の一つひとつに約20万個の遺伝子が入っている。子孫が増えるときには、遺伝子を増やさなければならないが、その過程で突然変異がおこる。人間の一生には、一つの細胞の遺伝子あたり、約600個の突然変異が起こる計算になる。
  • アダムとイブに由来する遺伝子にも15万年の間にはたくさんの突然変異が起こって遺伝子が多様化していった。ABO血液型もこのような突然変異の結果、遺伝子が少しずつ変化したものである。
  • 人類には、いろいろな人種があるが、どの人種間でも婚姻は可能である。いいかえれば、私たちは、大きな遺伝子のプールを共有していることになる。私たちは人類という大きな遺伝子プールから20万個の遺伝子を与えられてこの世に生まれてきたものである。突然変異によって生じた少しずつ違う遺伝子が遺伝子プールに蓄えられているので、そこから20万個の遺伝子を抜き取ってつくられる個体は非常に多様性に富むことになる。

       

  • 人類が出現してこの方、まったく同じ遺伝子を持った人は一卵性多胎児以外には存在しない。遺伝子という観点からみても、私たち一人ひとりは唯一無二の存在である。
  • この遺伝子の多様性こそが進化の原動力であり、環境の変化に対する適応力をあたえるものである。多様性を失った生物集団は生きていけなくなる。人間以外の生き物も。それぞれ多様な遺伝子プールを持っている。私たちは、40億年かけてできあがったDNA環境の中にお互いに影響しあいながら生きているのである。
  • 現在のDNA環境は想像を絶するような時間の試行錯誤の結果得られたものである。遺伝子プールは、過去の環境条件に適応してたもたれてきた平衡状態をそのまま維持しようとする保守的な傾向を持つ。しかし、環境の変化がくりかえしおこることによって、それまでのバランスがくずれ、ゆっくりと変化がもたらされる。このようにして、生物は進化してきた。
  • 突然変異がくりかえし起これば、ときには病気をもたらすような変化も起きてしまう。このようにして遺伝子プールのなかに病因遺伝子が蓄積する。病気をふくめた遺伝子の多様性こそが、人間の優秀さを、そしてあなたの優秀さを生む源泉なのである。けれども、私たちがどの遺伝子をあたえられるかは、自分で選ぶことはできない。そして、誰かが病気の遺伝子をもって生まれてこなければならない。それが遺伝子プールの構造なのである。
  • あなたにあたえられたかもしれない病気の遺伝子をたまたま受け取って生まれてきた人に、できるだけ快適な生涯を送れるように配慮することは、健康にうまれたものの当然のつとめであろう。病気の遺伝子をもった人はこれからも生まれつづける。福祉の充実が必要であるということは、遺伝学的見地からも示される。

「安らぎの生命科学」(柳澤桂子著、ハヤカワ文庫)より
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