生命のストラテジー(3)

「生命のストラテジー」(松原謙一・中村桂子共著、早川書房)より。


 (つづき)生命がこのようなダイナミズムを示すことができるのは、常に再生産されなければならないというストラテジーを採用しているからである。この一見ムダとも見える生命の営みの繰り返し。ムダについても、身近な例から、細胞レベルの現象までふれた。無数の幼生。成功のチャンスのほとんどゼロの精子たち。免疫細胞たちの空しいともいえるほどの莫大な浪費、、、これが、生命の長い歴史において繰り返されてきたのである。生命の歴史そのものが、考えようによっては壮大なムダと見えないことも無い。何よりもわれわれの心を強く捉えるのは、生命を受け継ぎ、伝え、栄え、滅びる、この流れの中に、偶然の入る余地があまりにも多いということである。もし、あの個体でなく、この個体が生き延びていたら、、、もしあのとき、あの環境変化が起こらなかったら、、、。
それなのに、自然は一つ一つの個体を決していいかげんにつくっているわけではない。どれにも同じだけの手間をかけて、同じように丁寧に作り出すのだ。一つ一つは決してムダと位置づけられてはいないのである。



この地球上に38億年ほど前に現れたある存在。それがただの一度も絶えることなく続き、その中から生じてきたこの多様性、この巧みさ。この長い歴史の中に、そしてその間に生まれてきた多くの仲間たちの中に、自分を置いてみよう。さまざまないのちが生まれ、消えて行った中で、決して一つのものだけが生き残ったり、特定のものに収斂することはなかった、、、このような生命の流れの中に、人間を捉えて眺めると、日常とはやや違った景色が見えてきはしないだろうか。自分自身や身近な人に対して持っている、かけがえのない大切なものとして見える人間とはちがう、かといって「赤の他人」という感覚ともちがう、もっと開放された大らかな感覚の中に人間が見えてくるような気がする。このような感覚で人間をみること、そして他の生物たちに、さらには地球全体に目を向けることが、直感ではなく自然科学によって可能になったのである。(おわり)

「生命のストラテジー」(松原謙一・中村桂子共著、早川書房)より。