いのちのリズムの起源


「安らぎの生命科学」(柳澤桂子著、早川書房)より。

  • 地球上のほとんどの生物は、日周期というリズムの影響を受けて生命活動を営んでいる。太陽ばかりでなく、月の満ち欠けや潮の満ち引きというリズムと密接な関係をたもちながら生きている生物もある。一方、生物は天体の動きとは関係のない、生命現象に内在するリズムをもっている。
  • たとえば、私たちの心臓は、胎児期から死にいたるまで、一定のリズムで打ちつづける。また、私たち一人ひとりの生命は、卵と精子が受精して瞬間から時を刻みはじめる。この時、卵に起こる最初の変化に、ナトリウムやカルシウムなどのイオンが関与していることが知られている。ヒトの腸に寄生するカイチュウと近縁の虫(線虫の一種)をもちいた実験から、虫が這うためには、筋肉を収縮させる刺激と、収縮を抑制する刺激が一定のリズムでくりかえされなければならないことがわかっている。

   
           

  • 生命現象の中には、このようなリズム現象がいたるところにみられるが、それはなぜであろうか。たとえば、線虫の実験からもわかるように、筋肉の収縮と弛緩という正反対の反応が交互に起こらなければ、虫はのびたきりになるか、縮んだままで動くことができないであろう。心臓の筋肉も収縮と弛緩を繰りかえすから、血液を送り出すというポンプの働きをすることができるのである。分裂する細胞は、分裂をうながす指令と、分裂を阻止する指令を受けて、組織ごとに一定のリズムで分裂している。がんは分裂を阻止する指令がうまく働かなくなった病気である。
  • このように、生物の体の中では、多くの反応が促進と抑制の二方向のコントロールを受けている。私たちが環境に適応して、一定の恒常性をたもって生存できるためには、生体内の反応が押しつ戻りつのくりかえしであることが必須なのである。そのような機構を遺伝情報の中に記された生物だけが環境の変化に順応して生きていくことができるのである。
  • このように考えてくると、生命現象にリズムがあるということと、生きているということは、表裏一体の関係にあることがわかる。リズムが生存を可能にしているのである。

                   「安らぎの生命科学」(柳澤桂子著、早川書房)より。